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仙台高等裁判所 昭和29年(う)340号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役参月及び罰金拾万円に処する。

原審における未決勾留日数中弐拾日を右懲役刑に算入する。

但し本裁判確定の日から弐年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金弐千円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中原審証人上明戸繁治、同東武雄に各支給した分、原審証人東宗次郎、同上明戸末三、同後沢省吾に昭和二十八年十一月四日各支給した分、当審証人上明戸繁治、同東宗次郎、同後沢省吾、同水梨辰五郎、当審鑑定人岡本共次郎に各支給した分、当審証人加藤善次郎に昭和三十年三月十一日支給した分は被告人の負担とする。

本件公訴事実中恐喝の点は無罪

理由

主任弁護人成田篤郎の陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同弁護人、弁護人成田哲雄及び同鍛治利一各名義の控訴趣意書の記載と同一であるから、これを引用する。

弁護人成田哲雄の原判示第一の事実に対する控訴趣意第三点について、

論旨にいわゆる財物を交付した者とは、現実に財物の交付行為をした者をいうのではなく、財産上の被害者を指すものと解せられる。ところで、原判決の認定した罪となるべき事実第一において判文上恐喝による財産上の被害者とされている者は、原判示組合の役員五名各箇人ではなくて組合自体であることは、所論のとおりであるが、原判決がこの点に関し所論のように訴因変更の手続を経ないで訴因と異る事実を認定したものということはできない。成程、右認定事実に対応する訴因第一の記載中には措辞やや当を欠き誤解を招く虞があるような箇所もないではないが、字句の末に捉われることなく全体を綜合的に観察してその趣旨を按ずるに、右訴因において特定されている事実もまた原判決と同様、被告人が加藤善次郎から受任した同人と右組合との間の係争事件に関し組合を代表して交渉の任に当つた役員五名を脅迫して畏怖せしめ、同人等をして右事件につき組合から加藤に損害賠償として金五十万円を支払う旨の和解契約を締結せしめて右金員を喝取した、というにあるものと解せられるのであつて、組合自体を財産上の被害者と見ている点においては、彼も此も同一であると認められるのである。従つて、原判決には所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

弁護人成田哲雄の原判示第一の事実に対する控訴趣意第四点について、

(一)、記録によれば、原判決が罪となるべき事実第一につき挙示する証拠中論旨指摘の各証人の証言及び書面の記載は、いずれもそれ自体としては被告人が有罪であることを立証するに足るものでないことは明らかであるが、原判示事実及び原判決引用のその余の証拠とは部分的に符合する点も含み、所論のように黒白全く相容れないものでないこともまた明白であるから、原判決がこれら証人の証言及び書面の記載を証拠の標目として掲げたのは、右の如く原判示事実及び他の証拠と符合する部分のみを採証した趣旨と解するのを相当とする。原判決の挙示する証拠によつて果して右事実全部を認定しうるか否かの点は後に詳論するところであるが、右の如く証拠の内容の一部を捨て一部を採る採証方法自体はもとより適法であるから、証拠相互間にくいちがいがあることを理由として原判決の理由にそごないし不備があるとする主張は採用することができない。論旨引用の判決は本件に適切ではない。論旨は理由がない。

(二)、次に、原審が原審弁護人の証人山岸芳三の尋問請求を却下し、又職権による同証人の尋問も行わなかつたことは所論のとおりであるが、記録によれば、同人により立証すべき事項は原審の取り調べた証拠によりほとんど明らかにされているところであるから、原審が同人を証人として取り調べなかつたからといつて、必ずしも所論のように審理不尽の違法があるということはできない。論旨は理由がない。

弁護人成田哲雄の原判示第一の事実に対する控訴趣意第五点について、

記録によれば、原審弁護人相内〓介及び同成田哲雄は、原審公判廷において、原判示第一の事実に関し、「被告人の行為は、権利実行の手段として害悪を告知し財物の交付を受けたものであるから、恐喝罪としての違法性が阻却される」旨、或は「被告人の所為は、弁護士としての正当業務による行為であるから違法性が阻却される」旨の各主張をしていること、原判決がその理由において特に右各主張を採り上げこれに対し明示的な判断を示していないことは、所論のとおりである。而して、正当業務による行為であるとの主張は、刑事訴訟法第三百三十五条第二項にいわゆる法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実上の主張に該当することは疑がないから、判決においてこれに対する判断を示さなければならないことはいうまでもない。権利の行使であるとの主張がなされた場合については争があるが、権利の行使は違法性阻却の問題として考慮さるべきものであると解するのを相当とするから、右主張は同様法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実上の主張に該るものというべく、従つて、判決においてこれに対する判断を示すことを要するものといわなければならない。しかしながら、これらの主張に対する判断を示す方法としては、特にその主張事実を掲げてこれに対し直接判断を示すことは望ましいことではあるが、必ずしもかかる方法を採ることを要するものではなく、その主張事実と相容れない反対の事実を認定して間接にその主張否定の判断を示す方法によることも許されるものと解すべきである。本件において原判決が認定した罪となるべき事実第一によれば、原判決は、被告人が権利を行使する意思がないのにかかわらず権利の行使に藉口し、弁護士としての正当業務の範囲を越脱して相手方より金員を恐喝した、という趣旨に要約される事実を認定したものであることが判文上明らかに看取されるから、間接的に弁護人の前記各主張に対し否定の判断を示しているものと解することができる。従つて、原判決には所論のように法律上示すべき判断を遺脱した違法があるということはできない。論旨は理由がない。

弁護人成田鉄雄の原判示第一の事実に対する控訴趣意第一点第二点、同鍛治利一の控訴趣意第一点ないし第六点及び同成田篤郎の控訴趣意第一点について、

原判決が原判示第一の事実につき挙示する証拠によれば、右事実中、被告人が昭和二十七年九月中旬ブローカー金沢大七郎、高橋市郎及び加藤善次郎等から青森県上北郡三本木町大字赤沼所在惣辺牧野畜産農業協同組合(以下組合と略称する)がさきに所轄三本木営林署から払下を受け当時すでに青森木材防腐株式会社に転売し同会社において伐採中の同郡十和田村大字奥瀬字高崎所在の第三十八、第三十九林班の立木(以下山林と略称する)に関する紛争の顛末について相談を受け、その処理方を依頼されたこと、右山林については当初組合と同村大字奥瀬字栃久保八十五番地笠石松三郎との間に売買契約が締結されたところ、代金支払期限に関し笠石側に違約があり、同人はその後万一期限を徒過したときは解約するとも異議を申し立てない旨の誓約書(証第四号)まで差し入れて確約した期日である同年七月十五日までに代金を支払わなかつたため、組合は翌十六日右誓約書の趣旨に則り契約解除の通知(証第十八号)をなし、該通知はその頃笠石に到達し、笠石もこれに踵を接して右山林につきすでに転売契約(代金二百二十五万円、内金百万円支払済)を結んでいた島野宗吉に対し同様代金不払を理由に契約解除の通知を発し、該通知はその頃同人に到達したのであるが、島野が笠石に支払つた金員の調達に関与し島野と共同して右山林の売買に関係し多大の利益をえようと目論み画策していた金沢、高橋等はこれを諦めきれず、法律上何等かの可能な手段があればそれに訴えても初志を貫徹しようと決心し、争訟の際における費用調達の便宜上可成の資金を有する前記加藤を仲間に入れることとし、旁々同人に負うていた債務を右山林からうる利益で決済しようとする意味もあつて被告人と眤懇の間柄にある同人を交えてこれが処理方を被告人に依頼するに至つたものであること、被告人は組合の笠石に対する前記売買契約解除につき相当の期間を定めてする催告の手続を経ていない点に着目し、まずこの点を有力な手がかりとして事を運ぶことを考え、同年九月二十日頃金沢等に指示して笠石と交渉せしめた結果、笠石をして被告人の起草にかかる譲渡証(証第二十一号)により本件山林に関する一切の権利を加藤に譲渡すると共に笠石名義の債権譲渡通知書(証第二十三号)及び契約解除に対し異議を申し立てる旨を内容とする通知書と題する書面(証第二十二号)を組合あて郵送せしめたこと、かくて、被告人は加藤等のため組合から本件山林を入手し、然らずんば損害賠償として相当額の金員の交付を受けようとの意図の下に、同年十月五日組合長上明戸繁治あてに書信を以て、「山林の件につき加藤等から民事訴訟の提起並びに貴殿及び東武雄に対する収賄罪の告訴等一切の依頼を受けているので面談に来られたい、もし来ない場合は依頼に基く手続をする」旨申し送り、同月十日頃被告人方事務所において、来訪した右組合長上明戸及び組合理事東武雄に対し、「組合、笠石間の契約解除は無効だ、だからあの山の権利は笠石からこれを譲り受けた加藤にある、青森木材防腐会社との契約をやめてあの山を加藤に渡せぬか、それができなければ加藤は損害賠償として百万円位請求するだらう、それにも応じなければ山に入れぬよう立入禁止の仮処分をする、訴訟をすれば二、三年はかかるだらう、組合が笠石と売買契約をするに際し笠石から組合長は二十万円、東は五万円の金を収賄している。君等や他の役員が笠石から酒を飲まされたり三千円もらつたりしたのも収賄になる。しかし、自分に一切を委せれば円満に解決してやる、他の弁護士を頼むようなことがあれば加藤から依頼された手段を採る外はない」等申し告げ、更に同月二十一日三本木町いづみや旅館において事態を切り抜けるべく集つた組合役員上明戸外四名に対し収賄云々の点を除きほぼ前同趣旨のことを述べて交渉を進めた結果、同人等をして組合から加藤に対する損害賠償等として金五十万円を支払う旨の和解契約を締結するに至らしめ、右契約に基き上明戸から前記事務所において同月二十七日金三十万円、同年十一月五日金二十万円の交付を受けたこと、組合役員が右の如き和解契約を締結するに至つたのは、主として、被告人のいうように右山林に対し立入禁止の仮処分をされ訴訟になれば、組合としては窮地に追い込まれ、経済的にも回復することのできない破綻を来すべきことを虞れた結果であることを認定することができる。しかし、原判決挙示の証拠否原審並びに当審に顕われた全証拠によるも、被告人に恐喝の意思があつたことはこれを確認することができない。以下この点に関し更に詳論する。

(一)、被告人は、組合が笠石に対してなした契約解除は無効であり、従つてその後笠石から契約上の権利を譲り受けた加藤が実体上の権利を取得したものと信じていたか。

原判文の全趣旨から窺うに、原判決は、右契約解除は前記誓約書による「昭和二十七年七月十五日までに支払をしないときは契約を解除するとも異議を申し立てないと共に違約金を請求次第支払う」旨の特約に基くものであるから有効であり、従つて、右解除により無権利者となつた笠石から権利を譲り受けたという加藤もまた無権利者であるという趣旨の認定をしたものと解せられる。契約当事者の一方がその債務を履行しないときは、相手方は相当の期間を定めてその履行を催告し、その期間内に履行がない場合において始めて契約の解除をなしうることは民法第五百四十一条の定めるところであるが、右規定にかかわらず、当事者間において債務の履行のため一定の期間を定め、その期間を徒過した場合には、催告を要せずして直ちに契約を解除しうる旨の特約をすることは、法の禁ずるところではないと解すべきところ、前記誓約書の定はやや簡にすぎる嫌はあるが、右と同趣旨に帰する特約であることはその記載全体から窺いうるところであるから、瑕疵ある意思表示に基くというような特段の事由のない限り、有効といわなければならないのであつて、改めて催告をすることを要しない旨の文言が明示されておらず、又損害額を予定していないからといつて、所論のように右特約全体が無効となるものと解することはできない。然るにかかわらず、被告人は当時右誓約書に基く契約解除の意思表示にかかわらず契約は依然存続しているものと主張したのであるが、かく主張するについては被告人側にも一応の理由がないわけではない。すなわち、原審公判調書中証人金沢大七郎、同高橋市郎及び被告人の各供述記載、当審受命裁判官の右両証人及び証人山岸芳三に対する各尋問調書の記載によれば、被告人が事件処理について判断の資料に供したものは、金沢、高橋、山岸等三名の説明報告と金沢等の持参した書類(主として笠石の手許にあつたもの)のみであつて、組合の手中にある書類殊に誓約書は終始調査の対象とはされていないのであり、ただ、笠石が組合役員から誓約書を徴せられた当時の模様を伝聞したにすぎない右三名の者から、笠石が組合に対し代金支払期日を昭和二十七年七月十五日と定め該期日までに支払わないときは損害金を支払うという趣旨の念書の如きものを差入れたこと、笠石が右書面を差し入れたのは組合役員の脅迫的手段によるものであつて、笠石の真意に基くものではないこと、なお、組合から契約解除の通知のあつた後の同年八月三日頃金沢、高橋、山岸等が笠石側を代理して組合長上明戸と折衝した結果、従来の往きがかりを捨て、改めて代金を三十万円増額し支払期日を同月十五日まで延長する取極をしたこと等の報告を受けているにすぎない。従つて、被告人は、右報告に基いて、組合が笠石において右書面に定められた期間を徒過したからといつて改めて相当期間を定めてする履行催告の手続を経ないでなした契約の解除は、民法第五百四十一条に違反し無効であり、かりに然らずとするも右書面による約定は脅迫による意思表示に基くものであるから取消により失効するに至るべきものであり(現に笠石をして組合に対し取消の意思表示を含むものと解される通告書を郵送させている、証第二十二号参照)、以上いずれも理由がないとするも、その後になされた前記支払期日延長の再取極により契約は解除にかかわりなくその効力を復活したと判断したものと認められるのである。事の真相は更に綿密な調査を遂げなければ確定しえないところであるから、被告人が単に依頼者側が口頭により提供した不十分な資料のみに基き叙上の判断に到達したことは、弁護士として事件処理につき慎重を欠いたとの譏を免れることはできないが、右蒐集した限りの資料に基く判断としては必ずしも不条理であるということはできない。

もつとも、組合、笠石間の契約が被告人の解したように有効に存続するものとしても、笠石はさきに右契約の目的となつた本件山林につき更に島野宗吉と転売契約を結んでいることは前説示のとおりであるから、被告人等が島野の権利を差しおいて敢えて笠石から契約上の権利を加藤名義で譲り受けたのは、何等か不純な意図に基くのではないかとの疑が生じないわけではない。しかし、前段引用の証拠によれば、この点については次の如き事情のあることを認めることができる。すなわち、右山林を笠石から転売することを発意したのは高橋であり、同人が金沢、島野の両名に提議して同人等の賛同をえ、将来会社組織にして事業を経営するという意図の下に取り敢えず三名共同で買い受けることとなつたが、島野がかつて営林署に勤務した経歴があるので、買受名義人を島野にするのが対営林署関係等で好都合であるというところから、便宜同人名義で契約をしたものであり、笠石に支払つた売買代金の内金百万円を調達したのももつぱら高橋、金沢等の奔走によるものである。従つて、同人等としては契約上の名義如何にかかわらず、実質的には島野と共同して契約に基く権利を有しているものと観念していたのである。ところが、島野はその後金沢、高橋等と意思の疏通を欠き、資金難等で事業経営が覚付かないという懸念もあつたため、契約上の権利を抛棄して右契約関係から手を引き、自ら仲介者となつて本件山林を組合から直接防腐会社に売却せしめ、同会社から木材の伐採を請負つてこれに従事するに至つたところ、金沢、高橋の両名は、さきに同人等が奔走して調達し笠石に支払つた金百万円の内金を生かし改めて笠石から権利の譲渡を受けようと考えたが、権利の譲渡を受けても、現実に山林を入手するためには場合により組合、防腐会社等を相手方として山林に対する立入禁止等の仮処分及び本訴の提起等裁判上の手段に訴えるの止むなきに至るやも知れず、かくては相当多額の資金を要するものと見込み、その資金調達の便宜上資産家である加藤を仲間に引き入れた上、被告人の意見を聴きその指示に従つて加藤名義で笠石から権利の譲渡を受けたものであり、又、右譲渡は原判決のいうが如く無償で行われたわけではなく、譲渡代金としてはさきに笠石に支払つた百万円の金を当て込んでいるのであり、更に事業を経営して利益をあげた場合には、その若干を笠石に分与するという内約のあつたことも明らかである。以上の経緯から観るに、被告人が金沢、高橋等に指示して笠石から加藤名義で権利の譲渡を受けさせたことは、一応筋は通つているのであつて、必ずしも首肯しえないわけではない。

これを要するに、少くとも被告人の主観としては、組合、笠石間の契約は依然有効に存続しているのであり、従つて契約上の権利を有する笠石からこれを譲り受けた加藤は正当な権利者であると考え、かかる観念の下に組合に対し折衝を進めたものと認められるのであつて、加藤に正当な権利がないことを知りながら、権利者であるかの如く強弁して相手方組合に圧迫を加えたものとは認め難い。

(二)、被告人は仮処分申請及び本訴提起の意思がないのにかかわらず、これらの権利行使に藉口して行動したのであるか。

原判決がこの点につき積極に認定したことは判文上明らかである。しかしながら、記録を仔細に調査するも、被告人が権利を行使する意思がないのにかかわらず、権利行使に藉口して行動したことを確認するに足る証拠は存在しない。すなわち、被告人が加藤から授権されたのは、委任状(証第三十六号の一)に明記されてあるとおり、同人の組合に対する損害賠償請求事件に関する裁判上裁判外の一切の権限であつて、単に裁判外における事件処理のみを委任されたものではない。而して、被告人は受任事件の処理に関し方針を樹てた当時将来組合等を相手方として仮処分を申請し本訴を提起するに至るべきことあることを予見していたのであつて、このことは特に訴訟に要する費用を支弁するだけの資力のある加藤名義で笠石から権利の譲渡を受けさせた経緯に徴するも明白である。ところで、前掲証拠によれば、被告人は、当初からかかる裁判上の手段に訴えることは双方にとつて必ずしも得策ではないという観点から、まず裁判外において組合に対し、第一の方法として組合、防腐会社間の契約を合意解約して本件山林を加藤に引き渡すべきことを要求し、これに応ぜられないときは第二の方法として加藤に対し相当額の損害賠償をなすべきことを要求し、これも拒否された場合において始めて第三の方法として仮処分の申請、本訴の提起等法律上の手段を採るという方策を樹て、これに則つて相手方組合役員と交渉を進めたが、組合役員としては、防腐会社からすでに代金の一部を受領しており、かつ同会社においてはもはや該山林の伐採を開始している状況であつて、同会社との契約を解約することは事実上不可能な事情にあつたため、右解約の要求には応ぜられないとしたものの、仮処分等裁判上の手段に訴えられるにおいては、組合は全く進退両難に陥り経済的にも破綻を来たす虞がある等利害得失を十分考慮した結果、結局被告人側の要求する第二の方法により加藤に対し損害賠償等として金五十万円を支払う旨の裁判外の和解契約を締結するに至つたことが認められる。以上の事実関係から観察するに、被告人が当初より仮処分申請及び本訴提起の意思がないのにかかわらず、これらの権利行使に藉口したもの、言い換えれば、相手方に対し単に畏怖困憊の念を生ぜしめるための脅迫の手段として、あたかもこれら法律上の手段に訴えるかの如き言辞を弄したものとは認め難い。

以上の次第であつて、被告人はその主観において終始弁護士としての正当な業務行為であるとの認識の下に行動したものと認めるべきであり、又、客観的に観ても必ずしもその行為が業務の範囲を著しく越脱したものということはできない。かりに被告人が右事件処理に関し特に相手方組合及び組合役員の弱点とおぼしき点を渉猟してこれを強調し、或は右事件に関連して行われたという役員の収賄の容疑事実につき法律的見解を述べたとしても、これを目して弁護士の業務として許されない行為であるとはなし難く、従つて、たとい相手方が右行為によりたまたま畏怖の念を抱いたとしても、被告人が相手方を脅迫したという点につき刑事責任を負うべき筋合でないことはいうまでもないところである。もつとも、被告人が本件において執つた措置の中には遺憾とすべき点がないわけではない。本件のように多数の関係人が介在し利害が錯綜している事件において、単に依頼者側の提供した不十分な資料のみに基いて事を処理しようとしたが如き、或は、法律的素養に乏しい相手方が防禦の万全を期するため弁護士を依頼することはその自由に属し、容喙すべき筋合ではないのに、相手方がかかる措置を執ることを嫌忌するような態度を示したが如きは、その事例である。しかしこれとても被告人が当初から恐喝の意思を以つて行動したことの証左であるとは断じ難いのである。ひつきよう本件公訴事実第一については被告人に犯意のあつたことを確認するに足る証拠は存在せず、従つて、犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をなすべきものといわなければならない。されば、その挙示する証拠により右事実を認定しうるものとした原判決は、理由にくいちがいがあると共に、証拠価値の判断を誤り、延いて判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認を犯したというの外なく、従つて、爾余の論旨につき判断するまでもなく原判決は右の点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

弁護人成田哲雄の原判示第二の事実に対する控訴趣意第一点、第二点、同鍛治利一の控訴趣意第七点、第八点及び同成田篤郎の控訴趣意第二点について、

(一)、おもうに、弁護士法第二十六条が、「弁護士は、受任している事件に関し相手方から利益を受け、又はこれを要求し、若しくは約束してはならない」と規定していわゆる汚職行為を禁止し、同法第七十六条が右規定に違反する行為に対し刑罰の制裁を以て臨んでいる所以のものは、けだし、基本的人権の擁護、社会正義の実現を使命とする弁護士の公共的性格に鑑み当然要請される職務執行の誠実性を担保しようとするにあるものと解せられる。従つて、右禁止規定にいう「受任している事件」とは委任を受けて現に処理している事件を指し、委任の終了した事件を含まず、いわゆる「利益」とは、報償たる性質を有すると否とを問わず人の需要若しくは欲望を充たすに足る有形無形一切の利益を包含し、又、いやしも弁護士が受任している事件に関し相手方から利益を受け、又はこれを要求し、若しくは約束をすれば、すなわち汚職の罪は成立し、現に職務の公正を害したことは同罪の成立要件ではないと解するのを相当とする。従つて、「利益」とは報酬ないし謝礼たる性質を有するもののみに限り、実費弁償たる性質を有するものを含まないとの論旨の採る見解は採用することができない。ところで、原判決が原判示第二の事実につき挙示する証拠によれば、右事実、殊に被告人が加藤善次郎から委任を受け現に処理している事件に関しその相手方である前記組合の組合長上明戸繁治から旅費名義の下に金五千円の供与を受けた事実は、これを認定することが可能であり、なお、原判決が「弁護士として職務の公正を期すべきものなるところ」と判示したのは、所論のように現に職務の公正を害したという趣旨の認定をしたものでないことは文言上明白であり、記録を精査し当審における事実取調の結果に徴するも、原判決のこの点に関する事実認定に誤があるとは認められない。而して、被告人において旅費名義の下に供与を受けた右金員が弁護士法第二十六条にいわゆる「利益」に該ることは前段説明により明白であるから、被告人が現に職務の公正を害したと否とにかかわりなく、被告人の行為が右法条に違反する汚職の罪を構成することは疑がなく、従つて、原判決がこれに対し同法第七十六条を適用処断したのは正当である。本件において各弁護人が特に力説する点は、右金員の授受されたのは、前記受任事件につき和解契約が成立した後従つて委任終了後であるから、本件は罪とならないというにあるので、この点につき更に検討するに、原判決の引用する証人上明戸繁治、同東宗次郎、同上明戸末三、同後沢省吾の原審公廷における各供述及び原裁判所の証人東武雄に対する尋問調書の記載によれば、右金員が被告人と受任事件の相手方である組合を代表し交渉に当つた組合役員上明戸繁治外四名との間に該事件につき和解契約が成立し各当事者が該契約書に署名押印を了した後に開かれた宴会の席上で授受されたものであることは、洵に所論のとおりである。しかし、原判決の引用する加藤善次郎から被告人にあてた委任状(証第三十六号の一)の記載によれば、被告人が加藤から委任を受け委任状に明記された事項は、同人の組合に対する損害賠償請求事件に関する裁判上裁判外の一切の行為の外弁済の受領をも含むことが明らかであるから、たとえ右事件につき和解契約が成立しても、該契約の履行としての弁済の受領を完了するまでは委任は終了しないものといわなければならない。論旨は、和解が成立すればもはや当事者間の対立関係は消滅し弁護士の職務の公正が害される余地がなくなることを、和解による委任終了説の一論拠として主張するものの如くであるが、ある行為によつて委任が終了したか否かは、もつぱらその行為と受任事務の内容との関係によつて決せられるべきものであるのみならず、和解が成立しても右の如く履行が完了しない以上、当事者間の対立関係が全く解消するものとはいえず、従つて弁護士が公正を欠いた職務の執行をする虞が全くないとは断言しえないところである。次に、論旨は、被告人が民事事件を受任する場合、通常依頼者との間に勝訴の判決があつた時、和解若しくは調停が成立した時等において約束の謝金を請求しうる旨契約しているのは、右各段階に達すれば委任は終了したことを意味し、民法第六百四十八条第二項の原則に従つたものであると主張する。成程、右規定によれば、受任者が報酬を受くべき場合においては、委任履行の後でなければこれを請求することができないが、右規定は、これと異る内容の契約たとえば委任は終了しなくても受任事務の処理がある一定の段階に達した場合に報酬を請求しうる旨の特約をすることを禁ずる趣旨とは解されないから、被告人が通常依頼者との間に締結しているという所論報酬に関する契約が、右条項の定める原則に従つたものであるか、これに対する特約であるかは、一がいに論定しえないのであつて、要は具体的場合において所論の和解等が当該の受任事務処理の過程において如何なる段階を占めるかによつて決するの外はないのである。所論は、和解が成立した場合に報酬を請求しうるという契約をしているから、和解によつて委任は終了するというに帰するのであつて、本末を顛倒した議論であるといわなければならない。而して、原判決の掲げる証拠によれば、被告人が受任事務の一である弁済の受領を完了したのは、同年十一月五日であることが認められるから、本件金員の授受が委任終了前に行われたものであることは極めて明瞭である。従つて、この点に関する各弁護人の主張は採用することができない。

(二)、次に、原判決の引用する各証人の証言によれば、右証人等は挙つて本件金員の授受が和解契約成立後に行われたことを明瞭に述べているにかかわらず、原判決が特に証人上明戸繁治の証言についてのみ、「五千円の話は和解書ができ宴会が終る頃で笠石に対する訴を頼んでから今日の旅費はと聴いた」との供述部分を除外して採証していることは所論のとおりである。しかし、原判決理由の全趣旨から窺うに、原判決は前記金員が和解契約成立後に授受されたものであることを敢えて否定しているものとは解されないのであつて、証人上明戸繁治の証言について前記供述部分を特に除外したのは、該部分があたかも右金員が被告人において右上明戸から委任を受けた別件笠石に対する損害賠償請求事件にも繋りを持つかの如く誤解される虞のあるような表現を用いていることを考慮した結果と解されるのであつて、必ずしも首肯しえない措置ではない。従つて、原判決には所論のように理由そごないし理由不備の違法があるということはできない。

所論はひつきよう独自の見解に基くものであつて採用することができない。論旨は理由がない。

弁護人成田哲雄の原判示第三の事実に対する控訴趣意第一点、同鍛治利一の控訴趣意第九点、第十点及び同成田篤郎の控訴趣意第三点(量刑不当の主張を除く)について、

しかし、原判決が原判示第三の事実につき挙示する証拠によれば、右第三記載のとおり、被告人が大蔵大臣あて制規の届出をしないで、昭和二十七年六月十八日頃から昭和二十八年三月三十日頃までの間四回に亘り、被告人方事務所において、村松幸吉外三名に対しそれぞれ金銭を貸し付けて貸金業を行つた事実は優に認定しうるところであつて、記録を精査し当審における証拠調の結果を綜合して考察するも、原判決のこの点に関する事実認定に誤あることを窺うべき事由を発見しえない。従つて、原判決が被告人の右所為を貸金業等の取締に関する法律第五条違反に問擬したのは正当であつて、所論のように同条の解釈適用を誤り、延いて憲法第二十九条第一項に違反したものということはできない。以下各論点について更に判断を加える。

(一)、貸金行為をしたのは被告人の妻であるとの主張について、

しかし、原判決が証拠として引用した村松幸吉、下田秀之助、高橋勝雄、成田キセの検察官に対する各供述調書、証人加藤善次の原審第五回公判廷における供述によれば、本件貸付行為がいずれも被告人の所為であることは極めて明瞭である。殊に、右村松幸吉、下田秀之助、高橋勝雄の各供述調書の内容全体を片言隻句に捉われることなく仔細に調査するに、同人等はいずれも検察官に対し、被告人自身から原判示金員を借り受けたことを具体的事実に即して詳細述べているのであつて、所論のように貸主が被告人であることを推察し又は想像して述べているものでないことは明白である。もつとも、原審公判調書及び被告人の検察官に対する第二回供述調書の記載によれば、証人成田キセは原審公廷において、被告人は原審公廷及び検察官の取調において、貸付の意思決定をしたのは被告人の妻であつて、被告人はこれに関与しなかつた旨述べているが、右各供述部分は前掲各証拠と対比して措信することができない。

(二)、貸金業を行つたものではないとの主張について、

しかし、貸金業等の取締に関する法律第二条第一項にいわゆる貸金業とは、反覆継続の意思を以て金銭の貸付又は金銭貸借の媒介行為を行うことをいうものと解すべきところ、被告人にかかる反覆継続の意思のあつたことは、原判示事実並びに引用証拠により認めうる被告人が利殖の目的を以て貸金行為を反覆累行した事跡に徴し明瞭に窺いうるところであり、被告人が貸金行為をしたのは所論のように子女の療養及び遊学の資をうるためであり、或は家屋の借入をその交換条件としたというが如き事情があつたとしても、かかる事情は被告人が貸金行為を業として行つたことを否定する事由とはなし難い。なお、右貸金行為を目して、所論のように自己又は他人の生命身体財産等に対する現在の危難を避けるため止むことをえずしてなした緊急避難行為であるというが如き主張の採るに足らないことは多言を要しないところである。

論旨はひつきよう独自の見解若しくは証拠解釈に基く主張であつて、採用することができない。論旨は理由がない。

弁護人成田哲雄の原判示第三の事実に対する控訴趣意第二点について、

(一)、しかし、原審第一回公判調書の記載によれば、被告人は、原審公廷において、「第三の事実は私の妻がやつたことであつて、私はそれを手伝つたにすぎない、しかも妻は貸金業としてやつたのではない」と供述していることが明らかである。されば、原判決もまたその理由中において、被告人が右事実について妻キセの行つた金銭の貸付行為を幇助したにすぎない旨弁疏したものとしてこれに対し判断を加えているのであつて、所論のように、被告人が金銭の貸付行為を業として行つた正犯者たる妻の右犯行を幇助した旨の主張をしたものとして、これに対し判断を加えた趣旨でないことは、判文上明らかである。

(二)、もつとも、原判決は罪となるべき事実第三において、被告人の単独犯行としての貸金業を行つた事実を認定しながら、他方、その理由中において前記弁解に対する判断を示すにあたり、「特段の事由の認めえない本件においては、右療養費支出の如きは本来右夫妻共同の扶養義務の内容をなすものであるから、右療養費を目的とする利殖もまた同人等の共同行為と認むべきは旧民法第九百五十六条と民法第八百七十八条との比較上も事理当然のことといわなければならない」と説示し、ややもすれば、本件貸金行為が被告人と妻との共同行為であり、従つて本件貸金業を行つた所為も被告人と妻との共同犯行である旨の判断を示したものと解されないでもないような表現を用いているのであつて、この意味において原判決の説示は措辞甚だ当を失し理論の構成に慎重を欠いたとの譏はこれを免れることができない。しかしながら、原判決の理由全体を通読して原判決が右説明において明らかにしようとした趣旨を忖度するに、原判決は、こと被扶養者たる家族の療養費を目的とする利殖行為に関し扶養義務者である被告人がその弁解するように無関係であるというが如きことは通常ありえないということをいわうとしたにすぎないと認められるのであつて、所論のようにその利殖行為たる本件貸金業を行つた所為が被告人と妻との共同犯行であるというさきの認定と矛盾した趣旨の判断を示したものと解することはできない。

(三)、原審公判調書及び被告人の検察官に対する第二回供述調書の記載によれば、証人成田キセは原審公廷において、被告人は原審公廷及び検察官の取調において、村松幸吉外三名に対する貸金の行われた事実はこれを認め、ただ貸金の意思決定をしたのはキセであつて被告人はこれに関与しなかつた旨述べているのである。従つて、原判決が原判示第三の事実に対する証拠の標目として右証人及び被告人の原審公廷における供述及び被告人に対する前記供述調書を掲げたのは、右供述中原判示事実と矛盾する後段の部分はこれを除外し、原判示事実と符合する前段の部分のみを採証した趣旨と解するのが相当であり、かかる採証方法の適法であることはさきに説示したとおりである。

これを要するに、原判決が原判示第三の事実につき示した理由は結局正当であつて、所論のような違法は存しない。論旨は理由がない。

以上説示のとおり、原判示第二及び第三の各事実に関する論旨はすべて理由がないが、原判示第一の事実については破棄の理由がある。而して、原判決は以上が併合罪の関係にあるものとして処断しているので、原判決は結局全部破棄を免れない。よつて、各弁護人の控訴趣意中量刑不当の主張に対する判断は後記自判に際し自ら示されるのでこれを省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十八条第三百八十二条により原判決を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所は改めて次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、弁護士であつて青森弁護士会に所属し、青森県八戸市大字鳥屋部町十番地に法律事務所を設け、その業務に従事していたものであるが、

第一、昭和二十七年十月二十一日、青森県上北郡三本木町いづみや旅館において加藤善次郎から受任している惣辺牧野畜産農業協同組合に対する損害賠償請求事件に関し、相手方である右組合の組合長上明戸繁治から、同日和解のため同所まで出向いた旅費名義の下に金五千円の供与を受け、

第二、大蔵大臣あて制規の届出をした貸金業者でないのにかかわらず、前記事務所において、業として、

(一)、同年六月十八日、貸主として成田隆美名義を使用し、村松幸吉に対し月七分ないし八分の利率を以て金三十万円を貸し付け、

(二)、同年九月五日頃、前同名義を使用し、下田秀之助に対し月八分ないし一割の利率を以て金三十五万円を貸し付け、

(三)、同年十月二十日、前同名義を以て、村松ミヨに対し月七分ないし八分の利率を以て金十二万円を貸し付け、

(四)、昭和二十八年三月三十日頃、貸主として泉惣十郎名義を使用し、高橋勝雄に対し月二分八厘六毛の利率を以て金七十万円を貸し付け、

以て貸金業者でないのに貸金業を行つたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一は弁護士法第二十六条第七十六条に、第二は出資の受入預り金及び金利等の取締に関する法律附則第十一項貸金業等の取締に関する法律第五条第十八条第一号罰金等臨時措置法第二条に各該当するところ、後者につき懲役及び罰金を併科することとし、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法第四十七条第十条により重い第一の罪の刑に法定の加重をなし、右刑期及び第二の罪所定の罰金額の各範囲内において、被告人を懲役三月及び罰金十万円に処し、同法第二十一条により原審における未決勾留日数中二十日を右懲役刑に算入し、情状により同法第二十五条第一項を適用し本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予し、右罰金を完納することができないときは、同法第十八条により金二千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い主文第六項掲記のとおりその負担を定めることとする。

(犯罪の証明のない事実)

本件公訴事実中被告人が、昭和二十七年九月中旬頃、加藤善次郎、金沢大七郎及び高橋市郎から、上北郡三本木町大字赤沼所在惣辺牧野畜産農業協同組合を相手方とする同郡十和田町大字奥瀬字高崎所在の山林第三十八及び第三十九林班に関する係争事件につき、民事訴訟の提起及び該山林の伐採等の禁止仮処分方の依頼を受けるや、同人等に右山林に関し何等の権利がないのにかかわらず、同年十月五日頃、右組合の組合長上明戸繁治に対し、「前記山林の件で組合に対し民事訴訟の提起方並びに貴殿及び東武雄に対する収賄罪の告訴方を依頼されているので、面談に来られたい、もし来られない場合は依頼に基く手続をする」旨の書信を送付して右上明戸を脅し、次で同月十日頃八戸市大字鳥屋部町の当時の事務所に前記組合長上明戸及び右組合の理事東武雄が来るや、同人等に対し、「前記山林を笠石松三郎に売却方折衝中同人より上明戸に二十万円、東は五万円をそれぞれ収賄している、又君等や組合の役員は笠石より酒を飲まされたり三千円をもらつて収賄している、なお前記の書信のとおり自分は加藤より一切を依頼されている、組合では笠石との売買契約を解除して山林を青森木材防腐株式会社に売却しているが、右解除は合法的になされていないから笠石の権利は有効である。加藤は笠石から一切の権利を譲り受けた、防腐会社との契約をやめて山林を加藤に渡せ、もしできなければその代りとして百万円を渡せ、然らざれば訴訟を起して争い山林を仮処分してもらう、訴訟は三年位かかる、そうすればその間伐採もできず山林は営林署より没収されるだらう」と申し向けて前記書信による脅迫に加えて脅迫し、よつて右上明戸及び東をしてこれに応じなければ収賄で告訴され、又は組合が破綻を来す虞ありと畏怖させ、引き続き同月二十一日上北郡三本木町いづみや旅館において、前記組合の役員たる上明戸繁治、東武雄、東宗次郎、上明戸末三、後沢省吾等に対し、前同様の言辞を申し向けて同人等を前同様畏怖させ、よつてその頃同事務所において、同人等より和解名下に金五十万円を受け取つて喝取した、との点については、犯罪の証明が十分でないから、刑事訴訟法第三百三十六条後段により無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。(昭和三〇年一二月八日仙台高等裁判所第一刑事部)

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